大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和62年(う)817号 判決 1987年11月24日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一三〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人中嶋郁夫の提出した各控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、検察官平田定男の提出した答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

一被告人の控訴趣意中不法に公訴を受理したとの主張について

所論は、要するに、被告人はまずA子に対する詐欺事件で二二日間逮捕勾留された後、引き続きB夫に対する詐欺事件でも二二日間逮捕勾留されたが、捜査官は右各期間中、いずれも逮捕勾留された事実に限らず、右両名及びC夫に対する詐欺事件のすべてにつき並行して被告人を取調べたものであつて、結局同一事件につき引き続き四四日間という逮捕勾留をしたことに帰し、逮捕勾留期間に関する刑訴法の趣旨を僣脱した違法な蒸し返し逮捕勾留というべく、かかる逮捕勾留に基づく本件各公訴提起は無効であるから公訴棄却の裁判をすべきであるのに、原判決がこれをなさず実体判決をしたのは、不法に公訴を受理したものである、というのである。

そこで検討するに、ある被疑事実について勾留中の被疑者の取調にあたつて、右事実及びこれに附随する他の事実をも含む当該被疑者にかかる事件の全容を解明するため、右勾留の基礎となつた事実以外の事実についての取調も許されることはもとより、それが簡易平明な事件であつて一回の逮捕勾留により全事件の解明が容易な場合は格別、この間に一部取調の対象とされた勾留の基礎事実以外の事実についても新たな勾留の理由と必要性がある限りは、右事実及びこれに関連する事件の規模、性質並びに複雑困難さ等に相応する限度において、当初の勾留に引き続き、右事実につきさらに逮捕、勾留のうえ、取調を継続することもまた法の禁ずるところではない。そしてこの理はたとえ当初の勾留の基礎となつた事実については処分保留のままいつたん釈放手続をやつたうえで再度の逮捕、勾留に及ぶ場合も異なるところがない。今これを原審記録によつてみると、被告人はまず原判示第二の一ないし四を含むA子に対する詐欺事件で昭和六一年九月二五日に逮捕されて同年一〇月一六日まで勾留された後いつたん処分保留のまま釈放され、同日改めて原判示第三の一ないし三のC夫に対する詐欺事件で逮捕されて同年一一月六日まで勾留され、同日右A子及びC夫に対する各詐欺事件につき勾留のまま起訴され、その後同年一二月一〇日原判示第一の一ないし三のD子に対する詐欺事件につき起訴されたものであること、右各事件はいずれも同一性質・態様の事案であるが、当時被告人には他になお数名に対する同様の詐欺容疑事件があつたため、捜査機関においては各被疑者らから一応の供述を録取するほか若干の裏付捜査を遂げたうえ、まずA子に対する前示詐欺事件により被告人を通常逮捕し勾留のうえ他の同種容疑事実であるC夫及びD子などに対する事件をも総合して検討する必要があつてそれらの事件についてもあわせて付随的に被告人の取調をしたものであること、しかし事案の性質、被告人にかかる同種容疑事実の数、被告人の取調に対する応答内容等から右の勾留期間内においてはA子に対する右事件の終局処分には至らなかつたため、新たに逮捕勾留の理由と必要性の存したC夫に対する前示詐欺事件につき被告人を逮捕、勾留して、右事件と併行してA子、D子をはじめその他の者に対する同種容疑事件についても取調のうえ前示の起訴となつたものであることが認められ、右各事件の性質・態様・規模及び被告人の供述内容に徴し一回の逮捕勾留により事案の解明、公訴提起の必要性の有無、全被害者に対する全事実の取調をすることには困難があつたことは明らかであつて、以上の事実関係のもとにおいては、被告人に対する本件二回の逮捕勾留は適法かつ相当であつてなんら違法不当な蒸し返しによるものと解することはできないし、またその間における前示の取調べが違法となるものでもない。従つて、右逮捕勾留に基づく本件公訴提起の手続がその規定に違反したものでないことは明らかであるから、原判決には不法に公訴を受理した違法はない。論旨は理由がない。

二被告人の控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、原判決挙示の被告人の検察官に対する各供述調書は、検察官の常軌を逸脱した不当な誘導に基づき作成されたものでいずれも任意性がないのに、これを有罪認定の証拠に用いた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の被告人の検察官に対する各供述調書は、いずれもそのかなりの供述部分が問答形式により録取されているうえ、被告人の否認あるいは弁解的供述が随所に録取されていることが明らかであることに加え、原審公判において被告人側の同意に基づき取調べられたものであり、また右各供述調書作成経過に関する被告人の原審公判供述によつてもその任意性を疑わしめるほどの事情は認めがたいところであるから、被告人の右各供述調書に任意性のあることは明らかであり、これを有罪認定の証拠に供した原判決に違法はない。論旨は理由がない。

三弁護人の控訴趣意及び被告人の控訴趣意中事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人には原判示のような犯行の動機、欺罔行為及び金員騙取の意思がないのに、信用性のない証人D子、同A子及び同C夫の原審各公判供述に依拠し右の事実があるものとして有罪の認定をした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、右各証人の原審各公判供述が信用性のあるものであることは原判決が事実認定に関する補足説明において詳細に説示するとおりであり、原判決が罪となるべき事実として認定判示するところは原判決挙示の証拠に照らしこれを認めるに十分である。すなわち、本件各被害者らはいずれも被告人を京都大学卒業の権威ある建築士であるものと誤信し、被害者の方から被告人に住宅建築に関する相談をもちかけたものであるとはいえ、原判決摘示の文言を被告人が被害者らに対して申し向けた事実は疑いなく認められるところ、右各文言は被害者らの前示誤信をそのまま肯認し、さらに自らを権威づけようとする虚偽の事実をも含むものであつて、被告人のこうした言動がなければ被害者らが被告人に対し住宅の建築工事あるいは設計監理等を注文しなかつたこともまた被害者らの一様に肯定するところである。しかも被告人は被害者らから原判示の金員を受領するや使途を明示のうえ被害者らに要求した金員をも含めてこれらすべての金員をそれまでの被告人個人の債務に対する弁済等にふりむけ、被害者らからの注文住宅建築費用に充当するところが全くなかつたのみならず、当時被害者らからの注文にかかる住宅建築に要する費用を補填する収入源が確保されていなかつたことも関係証拠に照らし明らかであつて、これに反する被告人の原審及び当審における各公判供述並びに被告人の検察官に対する各供述調書中の一部供述記載は、不自然不合理な点が多く到底採用しがたいところである。してみれば、被告人の本件被害者らに対する言動が詐欺罪を構成する欺罔手段にあたり、これによつて錯誤におちいつている被害者らに対し約定どおりの工事設計監理業務を遂行したうえ注文どおりの建物を竣工させてこれを引き渡すことができる確実な見とおしがないのにかかわらず、被害者らをして被告人に原判示の金員を交付せしめたことは疑いないところであり、所論が縷々指摘するところについて逐一検討しても右認定を左右するに足る証拠はなく、結局、原判決が罪となるべき事実として認定した事実及びこれを詐欺罪に問擬した点に誤りはない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中一三〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高木典雄 裁判官太田浩 裁判官田中亮一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例